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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)1687号 判決 1973年5月31日

原告

近藤正美

右訴訟代理人

長池勇

被告

日本生命保険相互会社

右代表者

弘世現

右訴訟代理人

三宅一夫

西村捷三

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年六月四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、生命保険事業および生命保険の再保険事業を行なうことを目的とする会社である。

2  原告は、昭和四四年四月四日被告との間で左記の内容の保険契約(以下「本件保険契約」という)を締結した。

(一) 保険金

生命保険金二、〇〇〇、〇〇〇円

災害保険金二、〇〇〇、〇〇〇円

(二) 保険料払込方法

年二回

(三) 毎回支払保険金

生命保険料金三六、四〇〇円

災害保険料金 五、〇〇〇円

(四) 払込期日

毎年四月四日、一〇月四日

(五) 保険契約者 原告

(六) 被保険者  原告

(七) 被保険者死亡の場合の保険金受取人近藤幸子

(八) 三〇年満期の災害保障特約及び特別条件付生命保険

3  右災害保障特約条項には、原告が不慮の事故を直接の原因として一手の示指を失つたときには、災害保険金二、〇〇〇、〇〇〇円の三割に当る金六〇万円を支払う旨の定めがある。

4  原告は、昭和四四年四月四日被告に対し右約定通り払込期日に保険料として金四一、四〇〇円を支払つた。

5  原告は、昭和四四年四月八日午後二時三〇分頃、尼崎市水堂字松本一〇九番地の居住家屋内ベランダ上において、木材の切込み作業を行い、左手で木材を押え右手に手斧を持つて振り上げ、木材に切り込みをつけるべく打ち下した際、手斧が柄より抜けて飛び木材を押えていた左手指近位指節間関節に当たり、同部分より先の部分を切断する傷害(以下、「本件受傷」という)を受けた。

6  本件受傷は前記3記載の不慮の事故を原因として一手の示指を失つたときにあたる。

7  よつて原告は、前記災害保険特約条項に基づき保険金六〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年六月四日から支払ずみまで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

第1項ないし第4項は認める。第5項のうち、傷害日時および傷害部位は認めるが、その余は否認する。第6項は認める。第7項は争う。

三  抗弁

1  本件保険契約の災害保障特約条項一四条によれば、被保険者・保険契約者または保険金受取人の故意または重大な過失により受傷したときには被告は災害保険金の支払義務を免れる旨定められている。

2  本件受傷は原告の故意によるものである。すなわち

(1) 原告は、本件受傷前一ケ年以内に、七件(本件保険契約も含めて)の災害保障特約付生命保険契約を締結している。

イ 昭和四三年五月二二日

第一生命保険相互会社との間に災害保険金二、〇〇〇、〇〇〇円

ロ 同年六月二八日

明治生命保険相互会社との間に災害保険金二、〇〇〇、〇〇〇円

ハ 昭和四四年三月六日

太陽生命保険相互会社との間に災害保険金二、〇〇〇、〇〇〇円

ニ 同年三月一〇日

第百生命保険相互会社との間に災害保険金二、〇〇〇、〇〇〇円

ホ 同年三月一〇日

千代田生命保険相互会社との間に災害保険金二、〇〇〇、〇〇〇円

ヘ 同年三月一七日

三井生命保険相互会社との間に災害保険金二、〇〇〇、〇〇〇円

ト 同年四月四日

被告会社との間に災害保険金二、〇〇〇、〇〇〇円

そのうち、ハないしトの五件の保険契約は、本件受傷発生前一ケ月の短期間内に連続的に締結された。

かかる集中契約の現象は、保険金取得を目的とする場合のほか、自然的にはあり得ない。

しかも、原告が右各保険契約を締結したときの状況も、自分から保険会社に加入した旨電話で申し入れたもの(前記ニの保険契約)、保険会社の募集員の飛入勧誘に応じ即時保険契約を申し込んでいるもの(前記トの保険契約)、申込の際他社契約の存否の質問に対し偽つた答えをしていること、契約締結に当たり、災害保険契約につきとくに詳細な説明を求めるなど通常の保険契約締結の場合に比し、異常であつた。

(2) 本件受傷のさいの原告の作業等についても、原告の主張には問題がある。すなわち、

原告が後四で主張するように、五センチ角の細い角材に浅い切込(せいぜい二センチ程度)を入れるだけならば、のこぎり、のみ、小刀を使用すれば足りるのに、あえて手斧を使い、さらに左手の示指だけをわざわざ角材の上面にのばしておいて手斧をふり下すというのは、おかしく、故意に切断したといわれても仕方があるまい。

また、切断した左手示指の切断面は略略直角であり、これは故意にその左手示指を切断したことを示す。けだし、切込を入れるために、斧を打ちおろしたのであれば斧の打下し角度は直角でなく斜になるからである。

また、斧の頭部が抜けて飛ぶという原告の主張も納得しがたい。けだし、重い斧の刃の部分がふりおろした際に、抜けて飛んだというのであれば、遠心力で切込み部位より遠方へ飛ぶのが自然であつて、それより手許におちて手を傷つけるということはあり得ないからである。

3  かりに、2の主張が認められないとしても、本件受傷は、原告の重大な過失によるものである。すなわち

本件受傷が原告主張のような状態で発生したものとすれば、細い角材に浅い丸型の切込を入れるような場合、のこぎり、のみ、その他その切込みをつけるのに、適切な用具を使用して慎重に作業をすべき注意義務があるのに、これを怠り、右手で斧をもち、左手で角材の切込をいれるべき場所のすぐ近くを示指を角材の上面にのばしたまま握り、右手斧を角材の真上から角材の上にふりおろすというような重大な過失により本件受傷を生じたものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中1は認める。2の(1)について、被告の主張するような災害保険契約を締結したことは認めるが、その余を否認する。(2)について否認する。

その間の事情の概要は次のとおりである。すなわち、原告は、本件受傷当時、反物を売買の業務に従事しており、反物を軽自動車にて運搬することが多かつたので、運搬の便宜上自動車の荷台に木枠を設置することを企て、丸材(径約五センチ)四本と、長さ約一、三メートルの角材(径約五センチ)八本を用意し、縦の丸材に横の角材を留めるために、この角材に丸形の切込をつけ釘で打ちつけることが必要であつた。

そこで、右作業に当たり、柄の長さ約三〇センチ、刃渡り約七センチの手斧を右手に持ち、左手で、拇指と中指以下の三指を角材の側面に、示指を角材の上面に、いずれも、密着させて、角材を固定して、1に述べたような作業をして本件受傷にあつたものである。3は争う。

第三  証拠<略>

理由

一、被告が原告主張のような会社であること、原告がその主張のような本件保険契約を被告と締結し、かつ原告主張の災害特約条項があること、原告がその主張のような本件受傷をしたこと(ただし、その傷害時の状態については後記に認定するとおりである)、本件受傷が原告主張の特約条項にあたることは、いずれも、当事者間に争いがなく、右各事実によれば、(被告の抗弁事由の認められないかぎり)被告は原告に対し、本件受傷のため災害保険契約にもとづく保険金として金六〇〇、〇〇〇円を支払うべき義務を負うことになる。

二、被告は、本件受傷が原告の故意または重過失によるものであるから災害保障特約条項一四条により災害保険金の支払義務がない旨抗弁するから判断する。

(一)、本件保険契約の災害保障特約条項一四条には、被告主張のような災害保険金の支払義務免除の特約のあることは、当事者間に争いがない。

(二)、そこで、まず本件受傷が、原告の故意にもとづくか、どうかについて検討する。

1、原告が、被告の抗弁事実2(1)において主張するような、保険会社七社との間に災害保障特約付生命保険契約を締結したことは、当事者間に争いがない。

右事実によると、本件受傷前一年以内に七件、とくに一月という短期間内に五件という連続的に災害保障特約付生命保険契約が締結されているのであり、しかも、証人糸川原生(第二回)の供述によれば、右各保険契約に付された災害保険金は、契約締結時としては最高額の金二〇〇万円の約定がされていることが認められる。

2、本件受傷の状況についてみるに、前記確定した事実によると、本件受傷は、左示指の近位指節間関節部分から先の部分が切断されたものであり、原告本人の供述によると、本件受傷では、左示指の一本のみで、他の指には傷害を受けていないことが認められる。

そして青木郁夫の供述により成立を認めることのできる乙第三号証(障害診断書)に証人青木郁夫および原告本人の各供述によると、本件左示指の切断部分は直角に切れており、傷口がぎざぎざであつたことが認められ、本件受傷には斧による切断のときには相当強い力を必要とするが切断部分の指の下に支える(受ける)ものがあるときには手斧の刀の部分が抜けていてもうまく落ちるときには偶然性により切れることがありうることが認められ、右認定に反する証拠はない。

3、<証拠>によると、原告は、通常の保険契約に加入しているのは、前記1の七件の災害保障特約付生命保険契約のほか、被告会社との間に、昭和四二年六月頃金二〇〇万円の養老生命保険金(災害保険金一〇〇万円)の保険契約に加入したほか、千代田生命との間の保険契約(保険金および契約日不明)の二件のみであり、他になく(もつとも、身内の者の掛けた原告名義の保険契約はあつたようであるが)、これらの二件の保険契約も昭和四二年九月二五日の交通事故による傷害により災害保険金(被告の関係では金二〇万円)を受けたあとは、保険料を支払わずに自然に保険契約は終了したことが認められる。

4、証人糸川原生(第二回)の供述によると、保険金についてのいわゆる故意受傷の一般的特徴は、短期間に多数の保険契約を結び、しかも保険金額が高額であること、事故発生が保険契約日の日からあまり離れていないこと、受傷部位は指一本(とくに、左手)が多いことが認められる。

5、以上の確定した事実によると、原告は、本件受傷前一年以内に七件の災害保障特約付生命保険契約を締結し、しかも、災害保険金は、いずれも、当時としては最高額の金二〇〇万円であり(これに反し、生命保険金は本件保険契約においても、災害保険金と同額の金二〇〇万円にすぎない)、とくに、本件受傷前一月以内に実に五件という異常に多く保険契約に加入しているのであり、しかも、原告自身平常保険料の支払を継続している生命保険契約に加入していなかつたのである。(かつて加入していた二件の生命保険契約も昭和四二年六月頃の交通事故の発生により災害保険金を受領したあと保険料を払わずに、そのまま終了したのである。一般的にいえば、事故にあえば、ますます、かかる保険契約の必要性が痛感されるのと逆なことを原告はしたのであるといえよう。)また、本件受傷も、左手の人差指一本のみの傷害であつて、他になんらの受傷もないといういわゆる故意受傷の典型に属する傷害の部位・程度である。

以上のように考えてみると、本件受傷は、原告において十分に合理的な事由を立証しえないかぎり、むしろ、被告主張のように、原告の故意による受傷であると推認するのが相当である。

6、原告は、短期間の多数の保険加入について、自分が経営していた洋酒喫茶店ロマンの経営の利益のため(保険会社の外務員の利用・女店員の世話など)にした旨弁解する。

原告本人の供述によると、原告は、義兄が死亡したあと、昭和四三年頃から右洋酒喫茶店ロマンの経営に関係したことは認められるところ、かりに原告のいうごとく、保険会社の外務員をして、右ロマンを利用して貰うため、または女店員の紹介を受けるためなどとしても、かかる事由はかくも短期間に、しかも最高額の災害保険金のもの保険契約の加入を十分説明しうるものとはいえない。

この点と関連して、被告は、本件契約を含めて前記七件の保険契約の加入は異常である旨主張し、証人糸川原生(第二回)の供述中には右七件の保険契約の申込の大半はいわゆる飛込加入である旨述べる部分もあるけれども、原告本人の供述によれば、保険会社の外務員がしばしば原告方を訪問し保険契約の加入方を勧誘していたことが認められるから、原告は各保険契約に対し加入の申込は比較的容易にしていたことは窺われるが、これをもつて被告の主張のように原告の加入の態度自体が異常であるとまで断定できない。

7、そこで、本件受傷のときの状況について検討してみよう。

(1)、本件受傷が手斧による切断によつて生じたことは弁論の全趣旨によつて認めることができるが、この点について、原告は、手斧の刃の部分が柄から抜けて飛んで、左示指に当り切断した旨主張するところ、手斧の刃の部分が柄から抜けてうまく飛んだときには、(相当な力のあるとすると)本件受傷が生ずる可能性のあることは前記認定のとおりであるが、かかる可能性はきわめて薄い偶然である、すなわち、手斧の柄から刃の部分が抜けるという偶然、その抜ける刃に相当な力が加わつたときに抜けるという偶然さらに、とんだ手斧の刃が原告の左示指の本件受傷の箇所に向つてかつそこにのみぶつかるという偶然などといういわば偶然が三つ重なり合つて、はじめて生ずるものであり、かかることは絶無といえないにしても、きわめて稀な偶然の結果であり、一般的にはなかなか生ずるものではない。

(2)、原告は、軽自動車に布帛を多量に運搬するため木枠を設ける必要があつたから角材の一部に切込みをつけていた旨主張する。原告本人の供述によれば、原告が本件受傷当時、布帛を軽自動車に載せて販売して歩いたことは認められるから軽自動車に木枠を設けて多量に布帛を運ぼうと考えること自体は首肯し得ないというわけではないが、原告本人の供述によると、切込みをしようとしたのは径約四センチの角材というのであり(その材質は明らかでない)、したがつて、切込みにとくに困難な事情の存することは窺えないから、手斧で切込をつけるのにそれほど強い力を加えることを要しないというべきであり、原告が本件受傷を負うほどの強い力をいわゆる切込に際し加えなければならないというが如きことは容易に信じがたいのである。また、切込をするのに、角材を押えるために示指を角材の上面に拇指と中指以下の三指を角材の側面に密着させて角材を固定させようとするようなことは手斧で切り込むべき以上危険極まりないことは誰でも容易にわかることであるから、切込に際し、かかる姿勢で作業をするというのにはかなりの疑問が多く、また自分の営業の布帛を多量に運ぶために自動車の荷台に木枠を設置しようとするならば、一時的なものではなく相当期間使用しうるもの足るべく、そのためには設計・製作に配慮を払うべきなのに、本件ではかかる設計・製作に格別の考慮が払われた様子の窺われないことなどを綜合すると、原告が、本訴において主張するような木枠を製作していたということは、簡単にそのまま信用するわけにはゆかない。

(3)、このように、あれこれ考えてみると、本件受傷が原告主張のような所為の際、偶然に生じたということは容易に認めることはできず、したがつて、その趣旨にそう原告本人の供述はそのまま信ずることはできない。

(4)、なお、原告本人の供述によると、本件受傷当時原告が資金等に窮していたことは窺われず、故意傷害に一般にあるという明確な動機を十分には明らかにすることはできないが、かかる程度の事情では前述した原告の故意による傷害の認定を左右するに足らない。

(三)、以上説述したところから明らかなように、前記認定の諸事実のもとにおいては、原告がみずから手斧によつて左手人差指を故意に切断したとする直接の証拠はないけれども、前記諸事実のもとでは本件受傷が原告みずから手斧によつて左手人差指を故意に切断したことによつて生じたものと推認するのを相当とすべく、被告の抗弁は結局、理由があるというべく、原告の本訴請求はこの点においてすでに失当である。

三、よつて原告の本訴請求は他の点について判断を進めるまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(奈良次郎)

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